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2011.08.31

イタリア出産 その6 出産後~退院

イタリア、しかもアマルフィ海岸という僻地(?)での出産をブログにまとめてみました。
誰かの役に立つかも...とリアルに書き残しておこうと思っています。


注意


多少グロテスクな表現があるかもしれません。
痛い話が苦手な人、グロイ話が嫌な方は読まないでください。








16時半に病室へ戻り、まず、水分補給。
陣痛がおき始めた頃からずっと何も口にしてなかったので、喉がからからでした。

しばらくすると夕食の時間になりました。
当日は朝昼抜きだったし、前日も軽い夕食だったのでお腹はぺこぺこ、喉はからから。。。。。

普通のメニューを食べていいとの事だったので、パスタにセコンド、パン・・・・と病院食ではあったけど、もりもり食べました。


18時半、赤ちゃんは新生児室へ移動...面会時間が始まり、母と旦那が戻って来てくれました。

その頃にはオマタに当てていたアイスノンの氷が溶け、お湯になりかけ、縫った傷がジンジンと痛みました。


旦那、母とで新生児室へ赤ちゃんを見に行こう!と、なぜか私まで歩いて見に行く事に付き合わされる。笑
普通に歩ければ2~3分で行かれる距離なのですが...
なんせ傷が痛むのでのそ~りのそ~り、母に付き添ってもらって歩いていくと
途中で会った看護婦さんに「あら、もう歩いてるのね!すごいわね!」と言われる。

何で、私も歩いて見に行ったのか…? ベットで休んでいればよかったんだけどね。

その後、母と旦那に出産の状況を日本語、イタリア語とそれぞれで説明…。
どっちからも質問攻めで、説明するのが結構大変でした

また、旦那に話を聞くと、
15時25分に病院へ到着したらしく...
しかも病院内の廊下がサンダルで滑りやすく、途中から裸足で走ったそうな。笑

立会いを希望していたので「どーします?立ち会いますか?」
なんていってる間に
「あ!!生まれましたー!!」となってしまったようで、残念ながら立会いは出来ませんでしたが。。。。
生まれて間もないSARAには会えたので、ギリギリ間に合った…という感じだったらしい

私としてはあんなに喚き騒いで絶叫している姿は誰にも見せたくないけどね...苦笑
そんなこんな面会時間1時間半もあっという間に過ぎ、母はいったん帰ることに。。。。


病院のルールで、20時までの面会時間後、赤ちゃんのパパのみ病室へ残ることが出来るので
旦那はその日、残ってSARAを抱く事に。。。。
(母も「いいなー私も抱きたいわ~」と言ってたけど。)
P1090489.jpg

この日のSARAは生まれて間もない事もあり、夜もスヤスヤ良く寝てくれました。
何度かおっぱいをあげようとしてみましたが…うまくいかず。。。。

退院後考えてみると、入院中SARAはほとんどおっぱいを飲んでいなかった...
飲ませるのも(私)、飲むのも(SARA)、下手っぴだった。

入院中、おっぱいを飲んだのって、ホント数える程度。。。。
食欲より睡眠が勝っていたのか、SARAはよく寝てました。(生まれたてだから?)

初めておっぱいをうまく吸い付き、飲んだのは日曜の夜。
その後月曜にも飲んでた。。。。と思うけど。
SARAが吸うようになって、翌日火曜になったら急におっぱいが張り始めた
出産後3日目ごろだったからか?SARAが吸うようになったからなのか?今までに無いぐらいの巨乳っぷりで、熱も持っちゃって、張って、すごく痛かったです。
(これが退院後発熱した原因かも?)

まだおっぱいを飲むのに慣れていなかったSARA。
「看護婦さんにどこに吸い付けばいいかわからないのよ…砂糖をちょっと付けてあげて。」
と乳首に砂糖をちょこっと付ける事をアドバイス貰いました。
砂糖を付けると多少乳首の場所を把握しやすいらしく、ちょびっと吸い付くのがうまくなりました。

退院後も少し慣れるまでこの砂糖作戦をやってましたが…1週間検診の時の病院では「砂糖なんて駄目よ!」と怒られちゃいました...。
言う人毎にアドバイスが違い、困っちゃいますね。。。。。

入院中、1回だけ夜中に泣き止まず、看護婦さんのアドバイスで「白湯」をあげました。(哺乳瓶使用)
白湯に少し砂糖が入ってるとか...入ってないとか...って看護婦さんが言ってた。
家でも上げてみて、と言われたけど...哺乳瓶を使うのに抵抗があって...結局この時の1回のみしかあげてないです。


また出産後2日目の夜はあまりにも泣くのと、私の体もまだしんどいだろう、と夜中~朝まで新生児室でSARAを預かってもらいました。


面会時間以外の時間はずーっと病室でSARAと一緒。
まだそんなに泣かず、おっぱいも飲んでなかったのでおむつの交換回数も少なく...
私はほとんど赤ちゃんと同じリズムで生活していました。
(72時間食っちゃ寝生活!)


退院するまでは早く退院したくてしょうがなかったけど...
家に帰ってしまうとやっぱり色々と気になってしまい(掃除とか片付けとか)動いちゃったり...
傷が痛くて動きにくかったりしてイライラしたり。。。。
「こんなんなら、もう少し病院にいてもよかったかも...」なんて思ったりもしました。


イタリアでは帝王切開でも自然分娩でも産後72時間退院できます。
もちろん、母子共に問題がなければですが。

私は27日土曜日、15時半出産だったので、火曜日30日15時半に退院でした。
退院する日には赤ちゃんの最終検査(新生児マス・スクリーニング)、私の傷のチェックをし、それぞれ書類を貰います。
入院中も飲んでいた子宮内を綺麗にする為の薬の処方箋ももらいました。(5日分)

この病院で貰う書類を市役所へ提出し、イタリアの出生届をします。

退院は母と旦那とで友人の車で1時間半かけて家路へ。。。
その間SARAはずっと寝てて、良い子でした。


私は、縫ったところの傷が出産後1~2日はズキズキと熱を持ち、歩くのも、座るのも大変なほどでした。
また出産したその日は傷が痛くてほとんど眠れず。。。
痛み止めかアイスノンをもらおうかとずーっと一晩悩みながら過ごしました。笑
(結局もらわなかったけど)

出産後に、水分も栄養も取らなきゃいけなくて、毎食もりもり食べれるのはいいけど…
その分、排出もしなければならないのが人間の体。
傷が結構後ろまであって(肛門付近まで縫ってあった!)とてもじゃないけど、うん〇が出きる状況じゃない。。。
トイレ行くのも一苦労なのに。。。。力んでうん〇を出すなんて!!!という状態でした。

元々快眠快便の私…
ギリギリまで我慢して、力まずにうん〇を出せる状態まで我慢して過ごしました。笑

また、妊婦の時は出来なかったうつ伏せ。
お尻のほうまで傷がズキズキするので、産後はうつ伏せが楽な姿勢でした。

授乳や食事をする時はベットやいすに座るのも一苦労。
とにかく何をするのも傷が痛むし、立ちっぱなしでいると最初は大丈夫でもだんだんうっ血して傷がズキスキしだしたり…
季節的に蒸れるし。。。
結局抜糸までには産後2週間ちょいかかりました。
(抜糸は勝手に糸が溶けてできる…とのことで、特に病院へは行きませんでした。)

痛みがだいぶ楽になるまでも産後10日ぐらいかかったし。。。。
ちょっと無理して動いた日は恥骨、お尻の骨が痛んだり…もありました。


そーいえば。
私は人生で長い入院経験が無いのですが、切ったり縫ったりしたのも、これが始めて。
縫った後って、こんなに痛いのかー。(泣


産後もなんだかんだ、2週間ぐらいは痛みとお付き合いしなければならず。。。。
結構大変でした。

日本の出産育児書には悪露(産後生理のように出血がある)が4~6週間ある、と書かれていましたが。
2週間ちょっとの9月12日現在、ほんの少し出血があるものの、そろそろ終わりそうな気配。
産後に飲んだ「子宮を掃除する為の薬(5日分)」というののおかげかしら?

傷も数日前からかなりよくなり、今は動きの制限もほとんどありません。





そんなこんな、イタリアでの出産でした。
最初はわからない、知らないことだらけで。。。しかもイタリア語だし、どーなることかと思いましたが。
出産も何とかなるもんですね。笑


本屋ネットで見たり読んだりしてたけど...
出産って想像以上に、ほんとうに大変な事だけど、幸せな経験でもありました

我が子って、ほんとうに愛おしいです。
今までに持った事の無い感情ですね。
可愛くて愛おしくて、大切で、楽しみで...。


出産したばかりのころは「もぅ2人目なんて絶対要らない!この痛みは二度と味わいたくない!」と思ってましたが...。
だんだんと傷も治り、体も自由がきくようになってきて、我が子の可愛さを見ていると2人目を考えちゃうほかのママさんたちの気持ちも少しは理解できるようになってきました。笑


次は日本で産んでみたいなぁ...と思ったり。
でも出来れば、無痛分娩とかがいいかな。。。。。笑





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