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2011.09.11

イタリア出産 目次

イタリア、しかもアマルフィ海岸という僻地(?)での出産をブログにまとめてみました。
誰かの役に立つかも...とリアルに書き残しておこうと思っています。
お時間のある方はお付き合いください。




注意


多少グロテスクな表現があるかもしれません。
痛い話が苦手な人、グロイ話が嫌な方は読まないでください。







その1 入院まで


その2 入院生活

その3 入院中

その4 誘発剤~破水

その5 破水~出産

その6 出産後~退院




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2011.09.06

発熱

2~3日前から、私が発熱。。。。

調べてみると、産後の発熱は産褥熱や乳腺炎など、色々な理由で結構あることみたいです。
医者の指示により「Tachipirina」(タキピリーナ)という薬を飲んで安静にしていますが。


発熱自体は「まぁある事かもね。。。」ぐらいで心配はしてないけど。。。
38.5℃の熱とか...結構体がしんどいです。


子供の世話もきっついし、自分の事ですらしんどいです。。。。。

早く熱が下がるといいけど。。。。


2011.08.31

イタリア出産 その1 入院

イタリア、しかもアマルフィ海岸という僻地(?)での出産をブログにまとめてみました。
誰かの役に立つかも...とリアルに書き残しておこうと思っています。


注意


多少グロテスクな表現があるかもしれません。
痛い話が苦手な人、グロイ話が嫌な方は読まないでください。










8月22日、月曜日にいつものようにASL(Aziende Sanitarie Locali:地域保健所)の病院へ検診。
NST(ノンストレステスト)を受け、バカンスから帰ってきた担当医の先生の内診もする。
参照→8月22日のブログ

翌日もNSTを受ける予定で帰宅したものの。。。
夕方頃、少し前駆陣痛を感じ、サルちゃん(旦那)に伝えると...
即効で担当医に電話し、そそくさと入院する事を決めてしまう。。。。。

今から思えば、アレぐらいの腹痛は前駆陣痛ではあるんだろうけど...
ぜーんぜん病院へ急いでいくほどの事じゃなかったなぁ...と思う。笑
やっぱり最初の妊娠はわからない事だらけで...焦りもあったりで、どーしても先走って病院へ行っちゃったりするもんよね。。。。

というか、うちの場合、夜も旦那が仕事でいない事、車が無いのに、病院までバスで2時間かかる事...など
旦那がいつ生まれるかわからない妊婦を家に置いておくより入院させたかったんだと思うけど…。


とりあえず、我が家は車の免許を持っている人がいないので、サルちゃんの友人Angero(アンジェロ)に連絡して
Salerno手前、Vietri sul mareの近く、Cava(カバ)と言う町のASL病院へ車で送ってもらうことに。。。。

片道約1時間のドライブ。
その間、前駆陣痛は遠のいてしまい、まーったく痛くなくなってしまう。
心の中で「ヤバっ、入院早すぎなんじゃ。。。。」と思うが、もぅあとの祭り。

20時ごろ病院へ到着し、産婦人科病棟へ。。。。
IMGP2123.jpg


すぐにNSTにて陣痛が来ているかのチェックを行うが。。。。。
先生に「まったく陣痛がきてない」と言われてしまう。
(そら、そーかも。。。。その時、ほとんど腹痛無かったし。笑)

一応内診とエコー検査もする。
この時のエコーで初めてきちんと胎児の推定体重を教えてもらえる。
「3キロちょいかな。。。」との事でした。

痛みで顔をゆがめているわけでもない妊婦が入院でやってきた。。。。というのはイタリア的には妙な話らしく。。。
「なんでこんなに早く来たの?」とちょっと怒られてしまう私。。。。

でも、普段行っている病院の先生の指示だし...
(その先生はこのCavaの病院で月曜の朝だけ診察しているらしい)
しかも、最後にやった血液検査が7月中旬頃のもので、「古すぎる!!」とこれまた怒られる。。。。



先生同士も「どーするよ。。。早すぎだけど…」と小声でヒソヒソ。。。。
私は内心「このまま帰ってもいいよ。」と思っていたりもしたんだけど。笑

そんなこんな、いやぁ~な雰囲気の中(?)
私の思いとは裏腹に、入院させてもらえる事になってしまう。。。。。

33年間の人生で入院経験が1度(2泊3日)しかない私、、、、
大の入院嫌い

病院の雰囲気も、食事も、空気も。。。すべてが苦手
しかも、イタリアでの入院なんて、、、、なんだか心細くなってしまったりもしたが。。。。
そのまま1人(プラスお腹の子)で入院、となる。。。。。



2011.08.31

イタリア出産 その4 誘発剤~破水

イタリア、しかもアマルフィ海岸という僻地(?)での出産をブログにまとめてみました。
誰かの役に立つかも...とリアルに書き残しておこうと思っています。


注意


多少グロテスクな表現があるかもしれません。
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土曜の朝、いつものように6時ごろ起床。

誘発剤を入れるため、朝食は抜き。
朝8時ごろから点滴での誘発剤が始まりました。。。。


前夜、同部屋最後の1人、Annaの子供Saraちゃんの夜泣きがひどく、あまり眠れなかった私は
誘発剤を入れつつ、ウトウト。。。。と寝たり起きたりを繰り返し午前中を過ごしました。


そして、土曜日は同部屋の最後の1人、ANNAの退院する日。
(彼女は浮腫で退院が1日遅れ、出産から4日目に退院。)


彼女のママは私が遠くに住み、旦那は仕事で面会に来られず...母も2時間かけて面会に来ていることを知り、
私に「何か必要な物があったら言いなさい、私が持ってくるし、洗濯物もあればいいなさい、洗ってあげるから!」と、とても気を遣ってくれました。

Annaの子供の名前もSARAで、うちと同じ。
私のSaraが産まれる事もAnnaのママはとても楽しみにしてくれ、産まれたら連絡頂戴、会いに来るから...と携帯番号までおいていってくれました。(実際ママは出産後会いにきてくれました♪)


Annaは10時か11時ごろ退院。。。。
私は若干陣痛が始まりかけていました。
寝ては、痛みでおきる...という感じできちんとAnnaにあいさつがでず。。。
その頃はなんだか眠気と痛みとで朦朧としてました。


そんなこんな、12時
もちろんお昼は抜き。(ま、それどころではなかったけどね)

だんだん痛みも強くなってきて、陣痛の波が来る度に拳で腰を叩き、何とか乗り切っていました。
本で読んだ呼吸法なんかすっかり忘れ...
陣痛の度に「うぅ」とか「あぁ」と唸りながら耐えていました。

13時、面会時間に母が到着。
誘発剤を入れた事は朝知らせてあったのですが。。。この頃はかなりの痛みでした。
眠いのと痛いのと。。。わけわからない状態でした。
「そんなに痛けりゃ、今夜辺り生まれるかもね~」なんて言いながら腰を叩いてくれたりしてくれる母。。。。


14時、面会時間終了少し前に診察室でNSTを受けることに。。。
もぅこの時点では1人では歩くのもやっと...という感じで、母に診察室まで付き添ってもらいました。
母に点滴を持ってもらい、診察室へ移動…。

NST中は先生に仰向けの姿勢を指示されたのですが...
これが、辛い辛い
陣痛と腰痛とで、ひーひー言いながら壁を叩いたりして暴れる私。。。。笑

先生には「陣痛の波が無いのに、なんでそんな痛がるの!」とお叱りを受けましたが...
もぅ陣痛と腰痛の痛みが同時だったりで、わけがわからない状態。。。。
どこが痛いかよくわからないけど...とにかく痛い!!!
腰がずーんずーん。。。。
お腹もずーんずーん。。。。


このままの状態で子宮口が開くまで待つのかぁ。。。と思っていた私。
経験談とかでは陣痛がきてからも数時間、子宮口が開くまで痛みに耐える...というような話が多かったので
私もてっきりこのまま夜位まで待つのかと思っていたのですが。


内診をした結果、先生が一言。
「破水させましょう。」と!

私はわけわからず、されるがまま。。。。
「破水?って事は産むの??もぅ??」とチラリと思ったりもしましたが…
もぅそれどころではない。笑


先の尖った木のへらみたいな物で、破水をさせられました。。。。
(結構「どばっ!」っと勢い良く出る物なのね、先生も破水させて、避けるほど勢いがあった。。。)

破水したら、さらに痛みは増すし、
まぁでも、とにかく、いきなりの事で、なんとも急展開でびっくり。


私はただただ、「痛い~」と言っていたような。。。。。
先生には「息を吐いて!!!」とずーっと言われていた。

散々育児書なんかで読んでいたのに。。。実際は呼吸法もくそもなく。。。。笑
うまく息を吐くことさえできていなかった私...

あぁ情けない。笑





2011.08.31

イタリア出産 その6 出産後~退院

イタリア、しかもアマルフィ海岸という僻地(?)での出産をブログにまとめてみました。
誰かの役に立つかも...とリアルに書き残しておこうと思っています。


注意


多少グロテスクな表現があるかもしれません。
痛い話が苦手な人、グロイ話が嫌な方は読まないでください。








16時半に病室へ戻り、まず、水分補給。
陣痛がおき始めた頃からずっと何も口にしてなかったので、喉がからからでした。

しばらくすると夕食の時間になりました。
当日は朝昼抜きだったし、前日も軽い夕食だったのでお腹はぺこぺこ、喉はからから。。。。。

普通のメニューを食べていいとの事だったので、パスタにセコンド、パン・・・・と病院食ではあったけど、もりもり食べました。


18時半、赤ちゃんは新生児室へ移動...面会時間が始まり、母と旦那が戻って来てくれました。

その頃にはオマタに当てていたアイスノンの氷が溶け、お湯になりかけ、縫った傷がジンジンと痛みました。


旦那、母とで新生児室へ赤ちゃんを見に行こう!と、なぜか私まで歩いて見に行く事に付き合わされる。笑
普通に歩ければ2~3分で行かれる距離なのですが...
なんせ傷が痛むのでのそ~りのそ~り、母に付き添ってもらって歩いていくと
途中で会った看護婦さんに「あら、もう歩いてるのね!すごいわね!」と言われる。

何で、私も歩いて見に行ったのか…? ベットで休んでいればよかったんだけどね。

その後、母と旦那に出産の状況を日本語、イタリア語とそれぞれで説明…。
どっちからも質問攻めで、説明するのが結構大変でした

また、旦那に話を聞くと、
15時25分に病院へ到着したらしく...
しかも病院内の廊下がサンダルで滑りやすく、途中から裸足で走ったそうな。笑

立会いを希望していたので「どーします?立ち会いますか?」
なんていってる間に
「あ!!生まれましたー!!」となってしまったようで、残念ながら立会いは出来ませんでしたが。。。。
生まれて間もないSARAには会えたので、ギリギリ間に合った…という感じだったらしい

私としてはあんなに喚き騒いで絶叫している姿は誰にも見せたくないけどね...苦笑
そんなこんな面会時間1時間半もあっという間に過ぎ、母はいったん帰ることに。。。。


病院のルールで、20時までの面会時間後、赤ちゃんのパパのみ病室へ残ることが出来るので
旦那はその日、残ってSARAを抱く事に。。。。
(母も「いいなー私も抱きたいわ~」と言ってたけど。)
P1090489.jpg

この日のSARAは生まれて間もない事もあり、夜もスヤスヤ良く寝てくれました。
何度かおっぱいをあげようとしてみましたが…うまくいかず。。。。

退院後考えてみると、入院中SARAはほとんどおっぱいを飲んでいなかった...
飲ませるのも(私)、飲むのも(SARA)、下手っぴだった。

入院中、おっぱいを飲んだのって、ホント数える程度。。。。
食欲より睡眠が勝っていたのか、SARAはよく寝てました。(生まれたてだから?)

初めておっぱいをうまく吸い付き、飲んだのは日曜の夜。
その後月曜にも飲んでた。。。。と思うけど。
SARAが吸うようになって、翌日火曜になったら急におっぱいが張り始めた
出産後3日目ごろだったからか?SARAが吸うようになったからなのか?今までに無いぐらいの巨乳っぷりで、熱も持っちゃって、張って、すごく痛かったです。
(これが退院後発熱した原因かも?)

まだおっぱいを飲むのに慣れていなかったSARA。
「看護婦さんにどこに吸い付けばいいかわからないのよ…砂糖をちょっと付けてあげて。」
と乳首に砂糖をちょこっと付ける事をアドバイス貰いました。
砂糖を付けると多少乳首の場所を把握しやすいらしく、ちょびっと吸い付くのがうまくなりました。

退院後も少し慣れるまでこの砂糖作戦をやってましたが…1週間検診の時の病院では「砂糖なんて駄目よ!」と怒られちゃいました...。
言う人毎にアドバイスが違い、困っちゃいますね。。。。。

入院中、1回だけ夜中に泣き止まず、看護婦さんのアドバイスで「白湯」をあげました。(哺乳瓶使用)
白湯に少し砂糖が入ってるとか...入ってないとか...って看護婦さんが言ってた。
家でも上げてみて、と言われたけど...哺乳瓶を使うのに抵抗があって...結局この時の1回のみしかあげてないです。


また出産後2日目の夜はあまりにも泣くのと、私の体もまだしんどいだろう、と夜中~朝まで新生児室でSARAを預かってもらいました。


面会時間以外の時間はずーっと病室でSARAと一緒。
まだそんなに泣かず、おっぱいも飲んでなかったのでおむつの交換回数も少なく...
私はほとんど赤ちゃんと同じリズムで生活していました。
(72時間食っちゃ寝生活!)


退院するまでは早く退院したくてしょうがなかったけど...
家に帰ってしまうとやっぱり色々と気になってしまい(掃除とか片付けとか)動いちゃったり...
傷が痛くて動きにくかったりしてイライラしたり。。。。
「こんなんなら、もう少し病院にいてもよかったかも...」なんて思ったりもしました。


イタリアでは帝王切開でも自然分娩でも産後72時間退院できます。
もちろん、母子共に問題がなければですが。

私は27日土曜日、15時半出産だったので、火曜日30日15時半に退院でした。
退院する日には赤ちゃんの最終検査(新生児マス・スクリーニング)、私の傷のチェックをし、それぞれ書類を貰います。
入院中も飲んでいた子宮内を綺麗にする為の薬の処方箋ももらいました。(5日分)

この病院で貰う書類を市役所へ提出し、イタリアの出生届をします。

退院は母と旦那とで友人の車で1時間半かけて家路へ。。。
その間SARAはずっと寝てて、良い子でした。


私は、縫ったところの傷が出産後1~2日はズキズキと熱を持ち、歩くのも、座るのも大変なほどでした。
また出産したその日は傷が痛くてほとんど眠れず。。。
痛み止めかアイスノンをもらおうかとずーっと一晩悩みながら過ごしました。笑
(結局もらわなかったけど)

出産後に、水分も栄養も取らなきゃいけなくて、毎食もりもり食べれるのはいいけど…
その分、排出もしなければならないのが人間の体。
傷が結構後ろまであって(肛門付近まで縫ってあった!)とてもじゃないけど、うん〇が出きる状況じゃない。。。
トイレ行くのも一苦労なのに。。。。力んでうん〇を出すなんて!!!という状態でした。

元々快眠快便の私…
ギリギリまで我慢して、力まずにうん〇を出せる状態まで我慢して過ごしました。笑

また、妊婦の時は出来なかったうつ伏せ。
お尻のほうまで傷がズキズキするので、産後はうつ伏せが楽な姿勢でした。

授乳や食事をする時はベットやいすに座るのも一苦労。
とにかく何をするのも傷が痛むし、立ちっぱなしでいると最初は大丈夫でもだんだんうっ血して傷がズキスキしだしたり…
季節的に蒸れるし。。。
結局抜糸までには産後2週間ちょいかかりました。
(抜糸は勝手に糸が溶けてできる…とのことで、特に病院へは行きませんでした。)

痛みがだいぶ楽になるまでも産後10日ぐらいかかったし。。。。
ちょっと無理して動いた日は恥骨、お尻の骨が痛んだり…もありました。


そーいえば。
私は人生で長い入院経験が無いのですが、切ったり縫ったりしたのも、これが始めて。
縫った後って、こんなに痛いのかー。(泣


産後もなんだかんだ、2週間ぐらいは痛みとお付き合いしなければならず。。。。
結構大変でした。

日本の出産育児書には悪露(産後生理のように出血がある)が4~6週間ある、と書かれていましたが。
2週間ちょっとの9月12日現在、ほんの少し出血があるものの、そろそろ終わりそうな気配。
産後に飲んだ「子宮を掃除する為の薬(5日分)」というののおかげかしら?

傷も数日前からかなりよくなり、今は動きの制限もほとんどありません。





そんなこんな、イタリアでの出産でした。
最初はわからない、知らないことだらけで。。。しかもイタリア語だし、どーなることかと思いましたが。
出産も何とかなるもんですね。笑


本屋ネットで見たり読んだりしてたけど...
出産って想像以上に、ほんとうに大変な事だけど、幸せな経験でもありました

我が子って、ほんとうに愛おしいです。
今までに持った事の無い感情ですね。
可愛くて愛おしくて、大切で、楽しみで...。


出産したばかりのころは「もぅ2人目なんて絶対要らない!この痛みは二度と味わいたくない!」と思ってましたが...。
だんだんと傷も治り、体も自由がきくようになってきて、我が子の可愛さを見ていると2人目を考えちゃうほかのママさんたちの気持ちも少しは理解できるようになってきました。笑


次は日本で産んでみたいなぁ...と思ったり。
でも出来れば、無痛分娩とかがいいかな。。。。。笑






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